こんにちは。小野ひかりです。
前回、仏教を聞くことは「ありのままの自分を映す鏡を見ることだ」と、お話しました。
→40代の人生リメイク|お釈迦様に学ぶ「なりたい自分」の見つけ方(1)
今回も、お釈迦様が説かれた「ありのままの自分を映す鏡」について、さらに掘り下げていきます。
自分を知る3枚の鏡
自分自身の姿を見る時に私たちは鏡を見ます。
どんな材質のいい枠組みの鏡であっても、曇っていたり、ゆがんだり、割れたりしていては自分の姿をありのままに映してはくれないので、鏡としては用をなしません。
鏡で大事なことは、いかに正確に自分を映すかどうかです。
仏教では、自分を映す鏡には3通りありますよ、と教えられています。
自分を映す3枚の鏡について、特徴を1枚ずつ見ていきましょう。
①他人鏡「他人の眼で見る自分」
「他人鏡」とは、他人が評価するあなたです。
「あの人はああいうところがあるよね」「あの人はこういう人よ」という他人の評価で自分を見る鏡です。
「他人鏡」を意識しすぎてしまうと、人の目ばかりが気になって、常に心が安定しません。
・職場で嫌われていないか、とても気になって自分の意見をハッキリ伝えられない
・誰に対してもニコニコして、嫌われるのが恐くて、頼みごとを断れない
・家に帰ると、他人に対して気を張っていた疲れがどっと出てしまう
これらは他人鏡で苦しんでいる姿です。
以前の私は「他人鏡」を気にしすぎて、人間関係にひどく疲れていた時期がありました。
しかし、「他人鏡」の特徴を知ってからは他人の眼に依存しすぎることなく、人間関係が相当ラクになりました。
お釈迦様は「他人鏡」は「本当の自分」を映す鏡ではない、と教えられています。
それは、「他人鏡」の特徴は、評価する人の都合によって、コロコロ変わるからです。
フランスの英雄ナポレオンが、民衆を前にして喝采を受けている時、部下が「閣下、あの民衆の称賛をごらんください!」と言いました。
すると、ナポレオンは「民衆の称賛ほど当てにならぬものはない。ひとたび戦争に負けると、私を断頭台に送れと言うのだから」と言ったそうです。
このように人は、力のある時、勢いのいい時は、「すごい人だ、いい人だ」と褒めそやします。
ところがその人が形成不利になると、手のひらを返したように非難し始めます。
これが「他人の目」という鏡の特徴なのです。
自分がいい人だ、悪い人だと評価している人を思い浮かべてみても、それはわかります。
自分の話に共感してくれる人、褒めてくれる人は「いい人」。
反対に、自分の意見にいつも反発してくる人や、無愛想な人は「悪い人」「嫌な人」でしょう。
他人も自分も、自分の都合によって相手を評価しています。
それぞれの立場で人の良し悪しを決めているのです。
とんちで有名な禅僧一休は、こう言っています。
今日ほめて 明日悪く言う 人の口 泣くも笑うも ウソの世の中
今日ほめていると思ったら、明日悪く言うのが人の口だ、都合のいい時はほめてくれるが、都合が悪くなると悪く言い始める、それが人の評価だ、悪く言われたからといって泣いたりするものでもなく、ほめられたからと有頂天になるものでもありませんよ、と一休は言っているのです。
ただ最後に注意したいのは「他人鏡」が要らないということではありません。
人間関係を築くには、他人への気配りが大切ですから「他人鏡」も必要なのです。
しかし、他人の眼は「自分の都合」というメガネをかけて映った姿だから、全幅の信頼を置く必要はありませんよ、と教えられているのです。
2枚目の鏡は「自分鏡」次回に続けたいと思います。
まとめ
- 仏教では自分を映す鏡が3つあると教えられています。
- 1枚目は「他人鏡」他人の眼で見る自分です。
- 「他人鏡は」その人の都合によって良し悪しが変わりますので、正しい自分を映す鏡ではありません。
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