仕事のクレームで落ち込んだ時に、思い出したい話

クレームを受けたときの態度で、その店のプロ根性が分かると言われます。

クレームの電話に露骨(ろこつ)に嫌な顔をして、電話を切った後に「うるさいなぁ」とぼやく店もあれば、クレームに対して真摯(しんし)に謝罪し、改善を努める店もあります。

その店の臨む姿勢が顕著(けんちょ)に表れる場面が、クレームを受けたときだといえるかと思います。

たとえばルイ・ヴィトンでこんな話を聞きました。
ルイ・ヴィトンの会社には「カバンの縫い目が1ミリずれている」という細かいクレームがくるそうです。

ふつうの店ならこんなクレームには「なんてうるさい客なんだ」と辟易(へきえき)するところですが、ヴィトンの社員は、ヴィトンならではのクレーム、本当のヴィトン愛好者だ、とありがたく思うとのこと。

その理由をこう言います。


クレームの電話をかけてきた人も、手軽に買えるカバンなら、1ミリのずれでクレームをあげなかったはずです。

ヴィトンのきめ細やかでこだわりの品質やサービスを愛している人だからこそ、クレームをあげてくださったのです。

そこには「だって、あなたたちはヴィトンでしょ」という、ファンの思いがこもっているのです。

こういうクレームをしてくれる人が、ヴィトンの類似商品が安く売られていても、本物のヴィトンのカバンも購入してくれる人です。

お客さまは1ミリのズレは許さない、妥協のないヴィトンの仕事を信頼しているからこそ、高いお金を払うのですし、クレームもするのです。

だからそんなクレームには心底申し訳ないと謝罪しますし、今後二度とこんなクレームを受けないようにしようと会社全体の向上の糧とします


ルイ・ヴィトンとしての看板を背負う自覚、誇りを持ち、仕事に臨んでいるのがわかります。

私たちもルイ・ヴィトンでないですが、考えてみれば一人一人がいろいろな看板を背負って生きているのだなと、思います。

「母親、父親」という看板

「○○会社の社員」という看板

海外へ行く時なら「日本人」という看板です。

海外では、日本人の清潔さや礼儀正しさは広く知られています。

もし海外で、列の割り込みやたくさんのゴミを散らかしてバスを降りたらどうでしょう。

側でみた海外の人は、「これが日本人なのか?」と不信感を抱くでしょう。

あるいはビジネスの場で何かあれば「あれで○○会社の社員か」と思われてしまいます。

生活の場では「あれで母親(父親)か」と思われることもあるでしょう。

意識しようがしまいが、望むと望まざるとに関わらず、私たちはいくつかの看板を持ちながら生きているのですよね。

そう思うと、自分の掲(かか)げている看板を傷つけるようなことがあってはならないなと、身が引き締まります。

「立場が人を作る」ということわざもそういうことなのかな、と気付かされました。

私たちは人から厳しく指摘されると落ち込みますが、もしかしたらその人は、こちらの立場、背負っている看板を信頼して、指摘してくれているのかもしれません。

自分の背負っている看板を意識するのも、自分の成長に大切な心得なのですね。


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