大切な人の死を偲(しの)ぶ日としたい|「お盆」の起源とは?

墓参りをして故人を偲(しの)ぶことが習慣になっている「お盆休み」。

さてこの「お盆」とは、どんな意味なのでしょうか。

「お盆」という言葉の由来は仏教からきており、その深い意味を知って感銘を受けましたので、今日はお盆の意味についてお話いたします。

「お盆」の起源は『盂蘭盆(ウラボン)経』

お盆の由来は、お釈迦さまの教えを書き残されたお経の一つ『盂蘭盆経』(うらぼんきょうにあります。

「盂蘭盆」(ウラボン)とは、古いインドの言葉ですが、今日の言葉に訳すと「逆さま」という意味です。

何が逆さまなのかというと、私たちの考えが「逆さま」なのです。

私たちは本当のことが分からず、全く「逆さま」なことを思い込んでいる存在だとお釈迦さまは説かれています。

逆さまな4つの妄念が「お盆」の語源

仏教では私たちの4つの逆さまな妄念(もうねん)を説かれていますが、今日はその一つ、「常」という妄念(逆さまな思い)についてお話しします。

「常」という妄念とは、すべてのものは「無常」なのに、そう思えず、「常がある」と思っている私たちの思いのことです。

ちょっと考えがずれている程度ではない、間違った思いです。

「無常」と「常」ですから、全く逆さまです。

「無常」とは、常が無いと書くように、“続かない”ということ。

「常」とは、“いつまでも変わらず、ずっと続く”ということです。

世の中は変わり続けているのが真実なのに、私たちは「いつまでも今の状態が変わらない」と思い込んでしまっているのです。

「お盆」は亡き人からの大切なメッセージ

特にお釈迦さまがその誤りを詳しく説かれているのが「いつ死ぬか分からないのに、まだまだずっと生きていられると思っている」私たちの妄念です。

いかに私たちが自分の死を受け止めていないかがわかるのは、人の死を見たり、聞いたりしたときです。

私たちは人の死を見たり、聞いたりしたときに大変驚きます。

「えっ、あの人が!?」と、一瞬生活の運行が停止したような驚きを覚えます。

私も24歳の時、一緒にバイトで働いていた友人を亡くしたときは大変驚きました。

目覚まし時計より前に枕元の携帯電話が鳴り、こんな朝早くから何だろうと取ると、うわずった友人から 「○○君が昨日、転落事故で亡くなったんだって!」という知らせでした。

「えっ!」頭の中が一時停止してしまいました。

○○君は仕事仲間であり、冗談言い合う仲でもあり、つい2日前もカラオケに行き、盛り上がったばかりでした。

「そんな彼が死んだ!?そんなことって・・・」

転落したのは仕事帰りによく行っていたお店です。

友人が、なじみの場所で亡くなったというのに驚きましたし、葬儀で彼の冷たく動かない姿も何ともいえないショックを受けました。

「人は死ぬ」

わかりきったことですし、それは私の知り合いにも訪れることがあるのもわかります。

しかしそんな分かっていることなのに、身近な友人の死が信じられず、あり得ないことが起きたかのように驚いたのです。

日々のニュースには
「パリの劇場で銃弾事件、10人が死亡」
「イラクで爆弾テロ、34名が死亡」など世界中で報道されるニュースにはさほど驚きません。

「またか」「あの辺は今物騒だな、旅行先に選ばないでおこう」くらいで、ぼーっと眺めて見ておれます。

衝撃度、事件性という点からいうと、友人の転落事故よりずっとショッキングな事件のはずです。

しかしそんなテレビでの事件は「ふーん」と受け流し、自分と同年代の友人の事故死の方がずっと後まで引きずる驚きでした。

なぜでしょうか。

それは私たちが「自分の周りは死なない」というおかしな思いを持っているからなのです。

死ぬのはテレビで報じられる人のこと、自分の周りの人とは関係ない人たちのこと、と思っています。

自分の身近な人はずっとこのまま生き続けている、と知らず知らず思い込んでいます。

だからそのはずの身近な人が死ぬという事実を目の当たりにすると、あり得ないことが起きたかのように感じ、大変驚くのです。

その驚きは「私の周りの人も死ぬことがあるんだ」という驚きなのです。

さらに言えば、その驚きは「自分も死ぬんだ」と気づかされる驚きでもあります。

いつもの店での転落事故と聞くと、「ひょっとしたら、私だったかもしれない」と頭によぎります。

高齢者の死であれば、あの歳だからと思いますが、自分と同年齢の友人の死だと、「私もこの歳で死ぬことがあるのかも」とショックを受けるのです。

年齢や環境が近い人の死にわたしたちがひどく驚くのは「私であってもおかしくなかった」という、自分自身の死を気づかされるから、なのです。

いつまでも生きておれる、死ぬという選択肢を少しも考えていない「常」だと信じて疑わない自分に対して、「おまえも死ぬんだよ」と「無常」の自己を突きつけられた驚きでもあります。

「無常を観ずるは菩提心の一なり」
(仏教のお言葉)

「いつ死ぬか分からぬ有限の命を自覚してはじめて、人は一日一日を大切に生きようという心が起きる」というお釈迦さまのメッセージです。

お盆に亡き人を偲ぶことを縁として、はかない命を大切に生きようと、人生を見つめてみるご縁になれば、意義深い日になるでしょう。


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